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こちらは職人、ただいま交信中!

いきていく物語です。

気が向いたときに、思ってることを書いていきます。
相互に「交信」をする場です。コメントおよびトラックバック歓迎です。
主に鉄道と飛行機を利用する旅人です。
2008年にoneworld Sapphire、2016年にStar Alliance Goldのステイタスを取得。これらを有効に活用した空の旅についても発信していきます。
日本国内の無線従事者資格や、関連資格の多くを取得しており、その受験記も蓄積しています。
内容には誤りがないよう努めますが、誤りがないことの保証はいたしかねます。

メロン記念日チーマネ公認オフ会『ヲタモダチ'S NOT DEAD』

22時半に整理券が配布開始ということは公表済みでしたが、そもそも中野でのライブ終演が22時半だったので、さくっと移動。1人2枚の整理券を確保できました。

集合時間になってもなかなか入場が進まないのですが、1人ずつ身分証明書を確認して整理番号タグ渡して金払って、という流れでは、自ずとそうなるなぁ。入口にはなぜか、昨日の三軒茶屋でのイベントのフライヤーが何枚か貼られていました。ロフトプロジェクトのおなじみRooftop誌と、お通しとしてちっこいお豆の袋をもらって入場。メロン本人が出るわけでないので、上手側の桟敷席を陣取り、5時間半の長丁場を楽に乗り切れました。

入場すると、ステージ後方に、メロンが先程まで来ていた衣装が展示(というか、照明で乾燥中だったとのこと)客席には、おおなりてつや氏の姿も。「凱旋」札幌公演のノーカット映像が上映されていました。きりのいいところで、司会のRooftop編集の椎名宗之氏と加藤梅造氏が開会の挨拶。「チーマネ」こと石井氏から預かったというDVテープの束があり、通常見ることのないゲネプロの映像を、リクエストに応えて上映。椎名氏によれば、(コラボ相手の)THE COLLECTORS加藤ひさし氏と石井氏は同じ大学の先輩・後輩とのこと。

そして、「チーマネ」ことメロン記念日チーフマネージャーの石井裕之氏が登場。メロンを担当して2年近く(メロンのデビュー前のバイト時代から横から見てきてはいたが)で、それまではシャ乱Q、セブンHOUSE、堀内孝雄を担当したとのこと。石井氏が持ってきたメロンからのメッセージ映像が上映。(飲み過ぎて、まぁしぃみたいに)「マーライオンにはならないように」とのことでした。「新宿某所」での打ち上げの写真も撮ってきて上映する予定だったのですが、すっぴんだからやめたとのこと。残念。

石井氏の発言を以下に列挙します。(順不同)

  • メロン記念日が解散を持ち出したのは去年の9月1日で、池袋にあるTHE COLLECTORSの拠点のスタジオでのことだったとのこと。4人全員が解散を希望してることは想定外で、解散を認めるしかなかった。
  • 本当は日比谷の野音で解散ライブをやりたかったが、調整がつかず、中野サンプラザに決まった。ただし、日比谷では今回みたいな演出効果はできなかった。
  • ロック化計画のコラボ相手の候補怒髪天がいたが、なんだかの都合で断念した。
  • ミドリとのコラボ曲“sweet suicide summer story”のPVは、後藤まりこ氏が監督。もともとメロンサイドで制作済みだったが、後藤氏の意向で。メロンがレコーディング中、後藤氏は編み物をしていた。
  • 村田は、自分との進路面談のたびに違うことを言いまくった。最初は「フランフラン(Francfranc)の店員になりたい」と言ったが、その次の面談では「お金の仕事」だとか「旅行代理店で仕事したい」とか。
  • (少なくとも歌を続けたい)大谷と柴田に関しては、会社的にも今後の道について検討する。
  • ビークルの夏フェス出演にサプライズ出演したのは「主催者事情」だった。皆さんに寂しい思いをさせてしまった。

あと、ほかの関係者も語っていたのですが、ボーイッシュ担当の大谷さんを差し置いて、柴田さんが案外男っぽいとのこと。4人とも、裏表がないとのことでした。みんな素直な人で、大谷さんは髪型変えるのにちゃんとチーマネに確認をとったり…。

グッズ放出大会で、スタッフパスだとかその他ライブで使ったグッズとか、じゃんけん大会で争奪戦をしたのですが、じゃんけん大会はじゃんけんのスキルがない人間は永遠に勝てるわけがなく、つまり筆者には当然のように当たりませんでした。

このへんから、誰の発言か覚えてなかったりするのですが、メロン記念日のロック化計画は、以前から構想があったそうですが、ハロー!プロジェクトの壁で、男性アーティストとのコラボができず、ハロー!卒業後に動き出したとのことでした。このあとも質疑応答がいろいろあったのですが、椎名氏の話題の広げ方が全般的にとても的を射ていました。ヲタもだちが思ってるけど言葉にしにくいことをとてもよく代弁されているように思えました。

次に登場したのは、近年のメロンしかよく知らない石井氏とは逆に、レコーディングディレクターとして初期と、去年のロック化計画で関わった、レコード会社アップフロントワークス橋本慎氏。オーディションで選ばれたばかりの4人と市ヶ谷のレコスタで対面したとき、あまりのリズム感のなさにがくっときたそうです。ほぼ同期の新人だった「ゴマキ」(ごっちん、とは呼んでなかった)こと後藤真希とは比べものにならないほどで、今風に言えば、プロ野球の「育成選手」で、スターダムではなかったとのこと。デビュー曲「甘いあなたの味」のサビ部分も、4人の音程がズレズレで、当時の技術を尽くして「いじった」そうです。しかし、その後のことについて、きちんと反省会をやってきており、叩き上げは強いと絶賛。メロンがなんで10年間続いたか、皆さんご認識のように、ハロプロの主流はモーニング(娘。)やベリキューBerryz工房℃-ute)であり、メロン記念日はむしろ亜流だった。でもそれが、続いた理由だ、とのことでした。(でもここにいる皆さんは、現在のモーニングとかベリキューは興味ないでしょう?とも。)

ほか、橋本氏は結構興味深い発言が多かったです。以下に列挙します。(順不同)

  • さぁ!恋人になろう」のタイトルは当初「愛のボタンを連打連打」として発表されたが、当時のソースネクストのCMでがんがん流れていた商品名を連想させるとのことで、急遽変更した。結婚を思わせるタイトルも考えたが、(別の理由をつけてモーニング娘。を脱退した)石黒(彩)が結婚したばかりだったのでやめた。
  • (過去の映像をもっと商品化してほしいという声に対し、)ASAYANは権利関係が難しく、これまでも一切使えていない。
  • (御社ではBlu-rayソフトを出さないのか?という声に対し、)年末をめどに出せるよう考えているが、契約が大変であり、ロイヤルティも結構取られる。
  • (さまざまな要望があったけど)いま我が社はスマイレージに必死だ。
  • 「香水」は関わってないけど、名曲だ。
  • モーニングと逆で、「前へ前へ」という人、なっちみたいな「我こそはタイプ」がいない。4人がモーニングに加入してたら絶対埋もれていた。
  • お願い魅惑のターゲット」は私が発掘した曲。デモ音源の時点では、もっと緩いテンポ・アレンジだった。「撃って撃って撃って」という歌詞が、銃撃事件が相次いでいた当時の世情的に社内で問題視されかけたが、メジャーリリースする曲でないのでと説得した。(筆者註:その後メジャーリリースされましたが。)
  • (太陽と)シスコムーンは成仏してなかった。大人の事情で解散したから。しかしメロンは自分達で幕を引いたので、成仏できたはず。

このほか、貴重なエピソードを多数聞くことができました。

次のDJ ARAKI氏が登場した時点で、石井氏は争奪戦のグッズへのもらい忘れのサインをもらうため打ち上げ会場に向かうべく退席済み。椎名氏の発言によれば、 ARAKI氏はアップフロントワークスの所属なんだそうです。ワイドショー用の映像を先ほどまで編集してて、「全局」に送ったとのこと。(局が撮りにくるものじゃないんですね。)我々ヲタもだちの認識は、 ARAKI氏は突然MELON LOUNGEに登場したDJであり、普段何をされてるかは全く謎だったのですが、想像を超える業務をしていることがこうして今回判明したわけです。ライブDVDが7月に2枚組で出ることが発表済みですが、ノーカット収録をお願いしたいという声に橋本氏が肯定的な一方、ARAKI氏は2枚に収まるか不安そうでした。そのDVDが発売されるまでは、「ロック化計画特設サイト」は閉じないとのこと。アルバム名の“MELON'S NOT DEAD”の名前を考えたのもARAKI氏とのこと。ジャケットの画像についても、メロンのメンバの意見を聞きながら作り上げていったんだそうです。

なお、ARAKI氏は今後、モーニング娘。Berryz工房、イナズマ戦隊関連の仕事をされていくそうです。

最後、先日の新宿LOFTでのメロンの生演奏歌唱シーンが上映され、30分押しの5時半に終演。例のRooftopの別冊が送料不要の2500円で買えたりしたほか、余り物グッズであるミドリコラボTシャツやラウンジタオルが1つ500円でたたき売りされてました。タオルは買ってもよかったけど、筆者が退店する時点で売り切れ。

飲食の会計を共有した人は、基本的に同時に退店しないと、何もオーダーしてないと見なされ、500円の水を買わされるシステムです。連れが退店済みかどうかわからない場合は、連れの正確な整理番号を言わないといけなくて、正確でないと、間違って退店できてしまいます。要注意。

そして、明るくなった歌舞伎町で、「ではまた」と別れるのでした。メロン記念日がなくなっても、僕たちは、わたしたちは、一生ヲタもだち。それぞれの道に進みつつ、また会う機会があることを強く願った朝でした。この縁を末永く大切にしたいと思う次第です。このオフ会に来た方も、来れなかった方も…。

そして、家に着き、筆者の人生の一部だった、メロン記念日現場活動が終わったのでした。