メロン記念日物語〜Decade Of MELON KINEN-BI〜(まず1回目)
15時の部を観劇。最前下手側で、最後、まぁしぃとかなりの至近距離。
5月に解散するメロン記念日ですが、文字通り10年にわたる活動のドキュメンタリー。いくらか脚色されてますが、いろいろ思い出されるものが多かったです。
まず(芝居の順序的に)1つ目の大きな山。3枚目のシングルの「電話待っています」までは、鳴かず飛ばず。次の「This is 運命」が売れなければ解雇の危機。4人おそろいのベタな衣装を見直したりした結果、PVには金をかけなかったにもかかわらず、結果想定より売れて首がつながったという話。何度か聞く話でしたが、PVに金をかけなかった云々の話は、初耳でした。現実、当時、リーダだったムメが「私達の運命が変われば」と言ってたことを思い出しました。本当にハンパなくやばかったことを改めて知りました。
2つ目の山が、メジャーでCDを出せなくなり、「お願い魅惑のターゲット」がインディーズでの発売になったこと。ここで、レコ発握手会を、メロン記念日用語用語である「ニギニギ会」として開催し、必死になったファンの熱意が通じてメジャー復帰したという話。Berryz工房からの日替わりゲスト(清水さん、菅谷さん)も、メロン記念日のファンを演じて、その握手会にも参加。現実は順序が逆で、メジャー盤発売をもってニギニギ会が実施されたのですけどね。インディーズ盤発売当時のライブで、筆者含めた多くのオーディエンスがその場で振りコピをするくらいにライブで盛り上がって、その後のライブでどんどん曲が育って結果のメジャーリリースとなった、という事実をそのまま芝居にするより、ニギニギ会の盛況の結果メジャーリリースになったという脚色をしたほうが、ファンが後押ししたということをわかりやすく描けるとの判断だったのでしょう。ちなみに現実の「お願い魅惑のターゲット」ニギニギ会は、後出し発表だったり平日開催だったりで、きわめて参加が困難な設定で、1度も行けなかったことを思い出しました。
3つ目の山は、4人がメロン記念日になる前、各自がオーディションを受験しようと思ったときの話。しばこはベレー帽での中学時代、まぁしぃはコンビニで働きまくってる様子、Hitoは「歌のうまい保母さん」になりなさいと、歌手になることを反対される話、ムメは父親に反対されつつ、上京時の駅のホームにバンザイをしに来た話。4人それぞれバラバラの事情があったけど、デビューして10年(芝居では描かれてなかったけど、上京直後のzetimaでのバイト時代を入れれば勤続11年弱)、こんなに長期にわたって活動できたことの尊さを感じました。
芝居本編終了後は、脇を固めた劇団員からメロン記念日への質問コーナーがあって、今回はまぁしぃがフィーチャーされてました。バイト先の制服はどう見てもロー○ンっぽい衣装だったのですが、実際はセブン○レブンだったそうです。「歌で賞を取った」そうですが、「むろらん港まつり」の「参加賞」とのことです。初夏に室蘭に行こうかな…。